「判例百選」掲載判決例その3

「容器付冷菓事件」

知財高裁平成28年9月21日判決(清水節裁判長)
平成28年(行ケ)第10034号 審決取消請求事件【拒絶審決取消】
(判時2341号127頁)

◆別冊ジュリストNo.248(株式会社有斐閣)
【商標・意匠・不正競争判例百選[第2版]2020年
「63一意匠一出願の原則の判断基準」松本尚子評釈】

一言コメント  ☆ 特許庁の審査基準が大幅変更!

【事案の概要】

〔本願意匠〕
■意匠に係る物品  「容器付冷菓」
■意匠に係る物品の説明
「本物品は、参考断面図に示したように、容器部内に冷菓部材を充填し、次いで前記冷菓部材の上面全部をあん部材で覆い、次いで前記あん部材上にもち部材を点状に配設し、これらの全体を冷凍して容器部と一体に流通に付されるものである。」
■図面(部分)


(1)一意匠の伝統的解釈
 本件は、意匠登録出願の一意匠一出願の原則(意7条)の拒絶審決に対する取消訴訟である。意匠とは物品の形態(意2条)であるから、物品の範囲(ここでは物品の単一性)が明確でないと当然権利範囲も不明確となる。半世紀ほど前の昭和年代の教科書(高田忠「意匠」1969年)では、包装と中味は二物品、食品に食べられないものが付加された場合は、異なる物品だから別物品であるとして、かまぼこ、簀巻き、桜もち、かしわもち、棒付きキャンディー、ゴム袋容器入りようかん、串差しだんご等を例示して、一物品として認められない場合があることを紹介している。ちなみに、著者の高田氏自身は「かまぼこの板、簀巻きの簀、柄つき飴玉の柄等を別物品とみるのはあまりにも社会通念に反する」(273頁)と述べている。
 あれからちょうど50年、半世紀たっても特許庁の内部はあまり変わっていないらしい。

 意匠制度を利用する出願人側としては、包装だろうが食べられないものがついていようがいまいが、全体として一つの意匠として出願し権利付与を求めているのだから、特許庁のほうで多物品だ、意匠の範囲が明確でないといわれても仕方がない(しょうがない)。

 そもそもこの一意匠一出願の原則は一旦登録された後は無効理由にならないという中途半端な要件だから、お上にむやみに気張られると対応に窮する。出願人がカップ入り(付き)アイスの形態について権利付与を請求しているのであるのだから、それを一物品でないとして拒絶する必要があるのか、というのが代理人の率直な気持ちである(なお、最近の審査基準(後記参照)ではこの点に言及して改訂された)。

(2)Gマーク(グッドデザイン賞)取得商品
 ちなみに、本願意匠に係る商品は、2013年度のGマーク(グッドデザイン賞)を取得している。理屈はどうあれ、営業現場の人間にとって、グッドデザイン賞まで取った商品が、デザインについて特許庁の意匠登録が拒否されたということは理解できないに違いない。そもそもグッドデザイン賞といえば、優れたデザイン(意匠)を保護して生活や産業ひいては社会全体の発展を目的として1957年に通産省(現経産省)が関わって設立されたものでないか。

 Gマークの審査官によれば、「おもちを冷凍下でやわらかく保つ技術により実現した、新しいアイス版ぜんざいで、…蓋をあけた天面に五つのおもちを配することで食べやすくし、そのビジュアルをシンボルに生かすことで、商品の特性をわかりやすくかつ品良く伝えている。これで126円というところはコストパフォーマンスが高く、手軽に和のスイーツが味わえる点も評価できる」と気の利いた評をしている。なお、本商品は、あん(温)+もち(柔)+アイス(冷・硬)の独特な複合製法について特許を取得している(第5990490号)。

(3)審決
 特許庁審判での反論理由や資料は山ほどあり、テレビやウエブなどの視覚資料も添えて十分すぎるほどに説明したのであるが、どこのお役所でも簡単には方向転換できないとみえ、物品創作論(審決が展開する独特な判断基準)を理由として、このカップ入りのアイス菓子は「一意匠」ではない、つまり「菓子」と「カップ」の2物品に対する創作だから(2意匠)「一意匠一出願」の原則(意匠法7条)に反するから拒絶、登録しない、という審決を出した。

 出願人側としては、審決が固執する一意匠の判断基準(審決判断基準)は不条理で違法であること、本願意匠の一意匠性の判断の誤りであることを理由として、審決の取消を求めた。

(4)審決取消
 裁判所は、一口で言えば、結局、社会通念に照らして、当該物品が一つの特定の用途及び機能を有する一物品といえるか否かを判断すべきものであるとして、特許庁の判断を取り消した。この意匠は審決取消後の戻り審判で登録第1571832号として2017年2月17日に意匠登録された。

(5)意匠審査基準の大幅変更
 令和3年4月時点の改訂された特許庁「意匠審査基準」によれば、本要件について、「一意匠一出願の要件を満たさない意匠登録出願がそのまま登録となることは、直接的に第三者の利益を著しく害することにはなら」ず、「拒絶理由ではあるが、無効理由とはされていない。このような事情に鑑み、審査官は、必要以上に厳格に判断することがないよう留意」し、「願書その他の記載及び願書に添付された図面等を総合的に判断し、意匠登録を受けようとする意匠の物品等の用途及び機能を明確に認識できる場合はこの要件を持たしたものと判断する」とし、旧来の取り扱いを大幅に変更している。

 事例を説明(枠内※)とともに図示しているので参考部分を紹介する。

 【事例3】「容器付きゼリー」
 事例3は本判決の事案を意識して作られたものと推測される。

※容器付きゼリーは、容器から出してゼリーのみを食器等に移すことも可能であるから、一の特定の用 途及び機能を果たすために必須とまではいえないが、透明容器とその外方から視認可能な複数色からなるゼリーとが一体的に創作されており、また、社会通念上一体的に製造され、一体的に市場で流通するとともに、食に付すときにおいても一体的であることを補完的に考慮し、審査官は一の物品と判断する。

 【事例6】「歯磨き粉、包装用容器容器付き歯ブラシ」
 事例6は代理人としても考え込むところで、従来は「台紙付き包装容器」としていたもので、実務では、歯ブラシ、歯磨き(粉)は外して登録していた。

※歯ブラシに加えて、歯磨き粉及び包装用容器が表されているが、歯磨き粉及び包装用容器は、歯ブラシと社会通念上一体的に流通がなされ得るものであり、かつ、全ての構成物が形状等の密接な関連性を持って一体的に創作がなされていることから、審査官は一の物品として取り扱う。

 【事例7】「詰め合わせクッキー及び食卓用皿入り包装用容器」
 事例7は従来典型的な多物品とされていたもので、ここまでくると、出願人が良ければお好きなようにという感じで、代理人としては複雑な気持ちである。

※複数の構成物が表されているが、社会通念上一体的に流通がなされ得るものであり、かつ、全ての 構成物が形状等の密接な関連性を持って一体的に創作がなされていることから、審査官は一の物品とし て取り扱う。

■「容器付冷菓事件」判決の紹介

【判決抄録/下線及び段落替えは筆者】

(知的財産高等裁判所)
平成28年9月21日判決言渡
平成28年(行ケ)第10034号 審決取消請求事件

判   決

原      告    井村屋グループ株式会社
同訴訟代人弁理士    後 藤 憲 秋
            鬼 頭 優 紀
            加 藤 大 輝
被      告    特許庁長官
同指定代理人       (略)

主   文

1 特許庁が不服2014-16810号事件について平成27年11月20日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 原告の求めた裁判
主文同旨

第2 事案の概要
 本件は、意匠登録出願に対する拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は、一意匠一出願の要件(意匠法7条)についての判断の当否である。

1 特許庁における手続の経緯
 原告は、平成25年3月7日、意匠に係る物品を「冷菓」として、別紙記載の本願意匠につき意匠登録出願をし(意願2013-5010号。甲1の1及び2)、平成26年5月29日付けで拒絶査定を受けた(甲2)ので、同年8月25日、意匠に係る物品を「容器付冷菓」と手続補正した(甲4)上で、拒絶査定に対する不服の審判を請求した(不服2014-16810号。甲3)。
 特許庁は、平成27年11月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成28年1月6日に原告に送達された。

2 審決の理由の要点
(1) 請求人(原告)は、本願意匠が一意匠と認められるための要件として、(A)意匠に係る物品が、その実施において常に一つのまとまった対象として扱われるものであること(原告A要件)、
(B)意匠が、その実施において常に特定した同一性を維持するものであることが必要である(原告B要件)、と主張する。
(2) 当審も、一意匠と認められるための要件として、この二つの観点で考察することを全く否定するものではないが、これらの要件を満たすだけでは十分とはいえず、これらの要件の他に、意匠の創作としての一つのまとまりという観点に立って考察されるべきものと考える。

 具体的には、意匠の創作において、その全体の創作に至る各対象部位の創作の内容が、必然的に相互に関連するよう考慮、調整されるとともに、全体として総合的に設計、造形されているものであり、その各対象部位に対してなされたそれぞれの創作の内容が、まとまりのある一体のものとして捉えて評価ができるものであることが必要である。
 本願に表された「容器付冷菓」を、その創作の対象の属性及びその創作の内容としてのまとまりという観点から考察すると、「冷菓」という食される物品の形態の創作内容、例えば、清涼感や甘味やうまみなど食することで得られるであろう充実感・満足感を想起させ、訴求力につなげる形態の実現への創作と、「容器」つまり流通や販売時等における内容物の保護及び保管等の便利のための用具・道具である物品の形態の創作内容、例えば、見た目の美しさに加え、耐久力やつかみやすさなどの形態への配慮等は、それぞれごとに捉えるべきものである。また、本願に表された「容器付冷菓」を、意匠の創作のまとまりとして形態的な一体性の観点で見た場合にも、単に略逆円錐台形状の「容器」の中に「冷菓」を入れた状態を表したにすぎないものであるから、やはり一つのまとまった創作と捉えることはできない。
 したがって、本願に表されたものは、「容器付冷菓」という一つの物品の一つの形態、つまり一つの意匠を表したものとはいえず、「冷菓」と「容器」という二つの別の物品のそれぞれ別の二つの形態、つまり二つの意匠を表したものと認められる。

(3) 補助的に、原告AB要件についても判断する。
ア 原告A要件について
 原告は、本願意匠に係る物品は、「製品として同時生産される」、「使用(流通)においても一体として使用される」ものであると主張する。
 しかし、その主張する「同時生産」とは、内容物である「冷菓」を「容器」に入れて冷やし固めただけであり、製品(商品)としての冷やし固まった冷菓の形態にするべく容器を用いたのであって、容器を生産するときに冷菓を要しないのであるから「同時」生産ではない。また、その「同時生産」が「冷菓」と「容器」を「一体として」又は「一体に」生産する、という意味であるとしても、それは、容器に内容物である「冷菓」を「充填する」、「冷やし固める」、そして、その冷やし固めることによって一時的に両者がくっついた状態になる、というだけである。さらに、本願の「容器付冷菓」の場合の「容器」は、「容器付冷菓」という一体のものを構成する「部品」というよりも「冷菓(食品)」に付随して用意される物品であり、その「容器」そのものは、「冷菓」とは別途製造され、流通するものであり、あらかじめ製造された「容器」を購入し、使用しているだけであって、「冷菓」と「容器」を「物品」として一体に生産しているというものではない。
 また、「使用」について検討してみると、原告は、「冷菓」は「容器」に物理的に固定されており、それを取り出して他の容器に詰め替え等はしないものであると、実施時の一体性の理由を述べているが、それは流通・販売等の便利のために容器に入れた状態を指すだけであり、かつ、「容器付冷菓」の実施における「使用」として「流通」を挙げるのは的外れであり、「冷菓」であるから、「食される」ことが「使用」である。「冷菓」は容器付であろうとなかろうと冷やした菓子であって、涼を得るため、嗜好のために食すものであり、一方で「容器」とは器であり、物品としての使用の目的、使用方法が全く異なり、併せた状態で一意匠とは認められない。本願のものは、「冷菓」としての使用である「食される」際には、飲食用容器に移し替えてもよく、移し替えずに食される場合にも、その包装用容器は、あくまで食される際に一過的に器として使用され、その後直ちに不要となる使い捨ての飲食用容器を兼ねるだけであり、その程度の関係をもって内容物の食品とその包装用(兼飲食用)の容器が、意匠法における使用(実施)において一体であるということはできない。本願に表されたものも、流通・販売時を考慮すればおのずと、本願に表された下のカップ状の容器に合った蓋を伴うことが一般的には想定され、その蓋と容器の本体とを組み合わせたものの方が包装用容器として一体というべきであって、固定されているとはいえない内容物と蓋のない(蓋を外した)状態の容器本体を一つの物品の完成したものとして捉えるのは無理がある。
 したがって、意匠法においては、これを一つの物品と概念するものではないというべきである。
 原告は、本願意匠の「冷菓」及び「容器」が単独で一般的に市場で流通するものとは認められないと主張するが、多くの包装用容器メーカーがつくった包装用容器を多くの企業が購入、使用していることは顕著な事実であり、また、「冷菓」を初めとする食品のほとんどは、その形状や鮮度等の維持、衛生管理等のために包装用容器を使用して「商品」として流通しているものではあるが、それは容器が流通のための補助をしているだけであって、流通しているのはあくまでも食品である。

イ 原告B要件について
 本願に表されたものは、容器の形状が逆円錐台状の容器体で、その容器体全体を概ね満たすように半固体状の冷菓部材を充填した後に冷やし固めたものであって、「容器」と「冷菓」とは物理的に固定されているものではなく、「容器」は主に流通時の内容物である冷菓の保護や販売時の展示効果を目的とした包装用であり、そもそも本願に表されているように容器に冷菓を入れただけの蓋のない態様のままで流通するものでもなく、半完成の一時的な態様であって、一の物品としてのまとまった形態とはいえない。「容器」は、冷菓が使用、つまり食される際には、飲食用容器として一時的に機能するが、直ちに使い捨てられるものであり、また、「冷菓」についても、当然に、食されて、ほんの短い時間のうちになくなるものであって、その形状のまま容器に固定された状態で維持されるものではなく、実質的に同一の意匠的効果が継続的に維持される類いのものではない。したがって、同じ形態で同時使用されるとはいえない。

ウ まとめ
 したがって、本願の「容器付冷菓」は、意匠法において、その実施において常に一つのまとまった対象として扱われるものではなく、また、常に特定した形態の同一性を維持するものでもない。

第3 原告主張の審決取消事由
(略)
第4 被告の反論
(略)

第5 当裁判所の判断

1 取消事由1(違法な審決判断基準)について
 (1) 原告は、意匠法7条の「意匠登録出願は、経済産業省令で定める物品の区分により意匠ごとにしなければならない。」との規定の判断について、審決が適用した、「一意匠の要件として、意匠の創作としての一つのまとまりという観点に立って考察されるべきもので、具体的には、意匠の創作において、その全体の創作に至る各対象部位の創作の内容が、必然的に相互に関連するよう考慮、調整されると共に、全体として総合的に設計、造形されているものであり、その各対象部位に対してなされたそれぞれの創作の内容が、まとまりのある一体のものとして捉えて評価ができるものであることが必要である。」との審決判断基準が、それ自体違法である、と主張する。

 (2) そこで検討するに、意匠は、「物品」の「形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合」(以下、これらを一括して「形態」という。)である(意匠法2条1項)から、前記意匠法7条にいう「意匠登録出願は・・・物品の区分により意匠ごとにしなければならない」とは、意匠登録出願が「物品ごとに」かつ「形態ごとに」行われるべきことを規定したものと解される。
 意匠に係る物品には、特定の用途及び機能があることから、「物品ごとに」とは、ある一つの特定の用途及び機能を有する一物品であることを意味するものと解される。また、「形態ごとに」とは、意匠登録の出願図面に表される形態が、全体的なまとまりを有して単一の一形態であることを意味するものと解される。そして、一つの特定の用途及び機能を有する一物品といえるか、及び、出願図面に表される形態が全体的なまとまりを有して単一の一形態といえるかは、後記2(2)アの観点を考慮した上で、社会通念に照らして判断されるべきものである
 審決の示した審決判断基準は、表現は異なるものの、実質的には上記の判断基準と同様のものである。すなわち、「各対象部位の創作の内容が、必然的に相互に関連するよう考慮、調整され」、「全体として総合的に設計、造形されている」とは、意匠に係る物品が全体としてある一つの特定の用途及び機能を有すべきことと、実質的に同義であり、「各対象部位に対してなされたそれぞれの創作の内容が、まとまりのある一体のものとして捉えて評価ができるものである」とは、出願図面に表される形態が全体的なまとまりを有して単一であるべきことと、実質的に同義である。
 したがって、審決判断基準は、意匠法7条の規定の趣旨を実質的に明らかにしたものであって、それ自体が違法であるとはいえない。

(3)ア これに対し、原告は、審決判断基準は、特許庁による「意匠審査基準」とは異なり、内容も主観的であり、意匠創作のまとまりの意味は不明確である、と主張する。
 しかし、審決判断基準は、意匠法の規定から導かれる上記判断基準と実質的に同義であるから、特許庁による審査基準と異なるとか、内容が主観的であるとか、意味が不明確であるとはいえない。
原告の主張には、理由がない。

 イ また、原告は、審決判断基準は、意匠法2条1項の「美感を起こさせるもの」の要件にいう「創作性」に関連しており、同法7条とは関係がない、と主張する。
 しかし、審決判断基準は、意匠が創作されるものであることから、「創作」の語を用いて、意匠法7条の規定から導かれる判断基準を表現したものであって、同法2条1項の要件の判断基準を示したものではないことが明らかである。
 原告の主張には、理由がない。

 ウ さらに、原告は、審決が、冷菓という物品の形態の創作内容と、容器という物品の創作内容とをそれぞれごとに捉えるべきであるとして、多機能物品の一意匠性を否定するから、審決判断基準は不当である、と主張する。
 しかし、審決判断基準自体は、多機能物品が一意匠となることを一般的に否定したものとは解されないから、原告の上記主張は、審決判断基準を本件に当てはめた場合の結論が不当であるというにすぎない。同基準を当てはめた結論が不当であるか否かについては、取消事由2の判断において検討すべき問題であり、審決判断基準自体が不当であることの理由にはならない。
 原告の主張には、理由がない。

 (4) よって、取消事由1には、理由がない。

2 取消事由2(本願意匠の一意匠性の判断の誤り)

(1) 前記1のとおり、意匠登録出願が、意匠法7条の要件を満たすには、当該出願が、①一物品について、②一形態としてなされていることが必要とされるので、以下、この点を本願意匠について検討する。

(2) 物品の単一性
 ア 意匠法7条は、「意匠登録出願は、経済産業省令で定める物品の区分により意匠ごとにしなければならない。」と定め、設定される意匠権の権利内容を明確化したものである(願書に記載すべき「意匠に係る物品」の欄の記載を、意匠登録出願人の自由な意思に委ねて、例えば、「陶器」という記載を認めたのでは、「花瓶」と記載した場合に比べて、その用途及び機能において非常に広汎な意匠について意匠登録出願を認めたのと同一の結果を生じ、不都合である。)ところ、意匠法施行規則(意施規)7条(物品の区分)には、「意匠法第7条の経済産業省令で定める物品の区分は、別表第一の物品の区分の欄に掲げるとおりとする。」と規定する。そして、意施規別表第一(別表第一)の下欄に掲げる物品の区分に属する物品について意匠登録出願をするときは、その物品の属する物品の区分を願書の「意匠に係る物品」の欄に記載しなければならない(備考一)が、この表の下欄に掲げる物品の区分のいずれにも属さない物品について意匠登録出願をするときは、その下欄に掲げる物品の区分と同程度の区分による物品の区分を願書の「意匠に係る物品」の欄に記載しなければならない(備考二)。さらに、別表第一の下欄に掲げる物品の区分のいずれにも属さない物品について意匠登録出願をするときは、「意匠に係る物品の説明」の欄にその物品の使用の目的、使用の状態等物品の理解を助けることができるような説明を記載することとされている(意施規様式2備考39)。
 そうすると、意匠登録出願に係る物品が上記別表第一に列挙されている物品の区分には該当しない場合に、当該物品が一物品といえるか否かは、願書における「意匠に係る物品」欄及び「意匠に係る物品の説明」欄の記載を参照した上、①意匠登録出願に係る物品の内容、製造方法、流通形態及び使用形態、②意匠登録出願に係る物品の一部分がその外観を保ったまま他の部分から分離することができるか、並びに③当該部分が通常の状態で独立して取引の対象となるか等の観点を考慮して、当該物品が一つの特定の用途及び機能を有する一物品といえるか否かを、社会通念に照らして判断すべきものである。

イ 本願意匠における意匠に係る物品は、「容器付冷菓」(甲4)であって、上記別表第一に列挙されている物品の区分には該当しない。そこで、願書の「意匠に係る物品」欄及び「意匠に係る物品の説明」欄の記載を参照すべきところ、「容器付冷菓」は、その名称からすれば、「冷菓」が主体であって、「容器」が付随しているものと解される。
 また、本願意匠登録出願に係る「意匠に係る物品の説明」(甲4)には、「本物品は、参考断面図に示したように、容器部内に冷菓部材を充填し、次いで前記冷菓部材の上面全部をあん部材で覆い、次いで前記あん部材上にもち部材を点状に配設し、これらの全体を冷凍して容器部と一体に流通に付されるものである。」と記載されている。上記記載を参照すれば、本願意匠に係る「冷菓」は、容器部内に冷菓部材を充填し、その上部にあん部材、もち部材を順次配設した後、これらを冷やし固めることによって製造するものと認識される。そして、冷菓部材、あん部材及びもち部材からなる「冷菓」は、「容器」と共に流通に付されるものである。使用の場面においても、通常、「容器」に入ったままの「冷菓」をスプーン等ですくって食することが想定される。よって、製造、流通、及び使用の各段階において、「冷菓」は、「容器」に充填され冷やし固められたままの一体的状態であると認められる
 さらに、上記製造方法からすれば、本願意匠に係る「冷菓」を、その形態を保ったまま「容器」から分離することは、容易ではないものと推認される。しかも、「冷菓」は、製造の段階から、流通、使用に至るまで「容器」から分離されることはないから、「冷菓」が「容器」から独立して通常の状態で取引の対象となるとはいえない
 これらを総合考慮すれば、本願意匠に係る物品である「容器付冷菓」は、社会通念上、一つの特定の用途及び機能を有する一物品であると認められ、「冷菓」の部分のみが「容器」の部分とは独立した用途及び機能を有する一物品とはいえない

ウ これに対して、被告は、①「容器」と「冷菓」は全く用途の異なる物品であって、「容器」は、単体の形状として独立して創作される、②内容物としての「冷菓」も、同じ容器でも異なる形態の冷菓が存在し得るから、冷菓の形状として、独立して創作される、③冷菓は食用に供されるが、食用に供されることのない「容器」は、冷菓を構成する部材や部品に該当しない、④実施の実情からしても、容器製造業者が容器を製造販売し、冷菓製造業者がそれを購入することもある、⑤冷菓を納めた容器には蓋がされているから、容器はむしろ蓋と一体となって商品としての外観形態を構成する、⑥消費者が冷菓を食するときには、冷菓は容器に収容された別の物品として認識する、ことを理由に、容器と冷菓とは一物品ではなく、二物品である、と主張する。
 しかし、①「容器」と「冷菓」とを分離した場合のそれぞれの用途が異なることは、後記(4)の登録意匠例のように、用途又は機能が異なる物を組み合わせた物品が一物品と認められることがあることを考慮すると、本願意匠に係る物品が一物品といえないことの理由にはならず、「容器」と「冷菓」とが、社会通念上一体として一つの特定の用途及び機能を有するといえるか否かを検討すべきである。また、「容器」が単体の形状として独立して創作されることがあるとしても、本願意匠に係る「冷菓」は、「容器」と独立しては製造、流通及び使用することが困難であり、しかも、「容器付冷菓」としての物品の主体は、「冷菓」であるから、付随する「容器」の独立性を理由として、二つの物品と認めることはできない。
 ②「冷菓」が、同じ容器でも異なる形態として独立して創作されることがあるとしても、物品の一部が異なる形態として創作され得るのは通常のことであり、そのことを理由として、本願意匠に係る物品が一物品であることを否定することはできない。
 ③前記①のとおり、用途又は機能が異なる物を組み合わせた物品が一物品と認められる場合、全体が同一の用途又は機能とならないことは当然であり、本願意匠において「容器」が食用に供されないことは、「容器」が「冷菓」と共に一物品を構成することを否定する理由とはならない。
 ④意匠に係る物品が複数の部分から構成されている場合、それぞれの部分を異なる業者が作成し、それらを特定の業者が組み立てることは通常あり得るし、このような物品につき、各部分を異なる者が製造販売したことにより、一物品であることが常に否定されるものではない。
 ⑤本願意匠に係る物品である「容器付冷菓」は、前記イのとおり、社会通念上、一つの特定の用途及び機能を有する一物品であり、しかも、「容器付冷菓」の物品としての主体は、「冷菓」であるから、「冷菓」に付随するにすぎない「容器」に蓋を設ける場合があるとしても、そのことを理由として、二つの物品と認めることはできない。
 ⑥本願意匠に係る物品である「容器付冷菓」は、前記イのとおり、社会通念上、一つの特定の用途及び機能を有する一物品と認められ、消費者が冷菓を食する場合であっても、冷菓を容器とは独立した物品と認識するとはいえない。
 被告の主張には、いずれも理由がない。

(3) 形態の単一性
ア 本願意匠の願書に添付された図面(甲1の2)は、形式上、二以上の形態を併記したものではない。実質的にも、容器内に冷菓を入れた状態の図面であって、冷菓と容器とは隙間なく接しており、一塊になった状態のものであるから、二以上の形態を併記したとはいえない。
 したがって、本願意匠に係る形態は、単一と認められる。
 イ これに対して、被告は、図面の記載のうち、六面図及びA-A’断面図によって表された記載から、容器と冷菓をそれぞれ区別して認識できるから、容器と冷菓が融合した一体不可分のものとはいえない、と主張する。
 しかし、物品中の一部分であっても、図面上、当該物品中の他の部分と区別して認識できる場合は容易に想定される(例えば、本願意匠に係る形態のうち、冷菓部材、あん部材及びもち部材に係る形態は、図面上区別して認識できる。)から、容器と冷菓を区別して認識できることは、形態の単一性を否定する理由とはならない。
 被告の主張には、理由がない。

(4) 以上の結論は、以下のような登録意匠例にも合致するから、社会通念上是認されるといえる。
 すなわち、下記アの登録意匠に係る物品は、本願意匠に係る物品と同様に、内容物である固形化粧料を容器に充填して製造され、固形化粧料と容器が共に流通し、取引されるものである。下記イ及びウの登録意匠に係る物品も、いずれも、食品に製造時から可食ではない棒や板が付加されたもので、食品と棒や板が共に流通し、取引されるものである。

 ア 意匠登録第1317997号(甲11の1)
【意匠に係る物品】容器付固形化粧料
【意匠に係る物品の説明】本物品は、固形化粧料を充填した、浅い円筒皿状の容器で、「化粧料充填容器」として、同時販売、同時使用される。
【意匠の説明】右側面図は左側面図と、底面図は平面図と対称なため、それぞれ省略する。斜視図、平面図、背面図及び左側面図における浅い円筒皿状の部分の表面全体に表された線は、いずれも立体表面の形状を表す。
【斜視図】

イ 意匠登録第1154256号(甲12の5)
【意匠に係る物品】棒付き冷菓
【意匠の説明】背面図は正面図と同一であるため省略する。左側面図は右側面図と同一であるため省略する。
【正面図】(判決注:登録された図面は、カラーである。)

ウ 意匠登録第1211064号(甲13の1)
【意匠に係る物品】板付き蒲鉾
【意匠の説明】背面図は正面図と同一である。左側面図は右側面図と同一である。
【斜視図】(判決注:登録された図面は、カラーである。)

(5) よって、本願は、意匠法7条の要件を満たしており、取消事由2には、理由がある。

第6 結論
以上のとおり、原告の請求には理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
 知的財産高等裁判所第2部 
 裁判長裁判官 清 水 節    裁判官  片 岡 早 苗   裁判官  古 庄 研